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2012年03月02日

☆プロレスラー大谷さん デビュー20年〜マウンテンマウスも全力で応援します(^O^)〜☆

僕たちマウンテンマウスも何か出来る事あれば応援します(^O^)

◆記念マッチ「故郷で」
プロレスラーの大谷晋二郎さん(39)が、故郷の山口市に久々に帰った。そこで再会した同級生に誘われた。「今年はデビュー20周年。記念公演は山口でやろう」。元気な姿を見せたいと思いながらあきらめかけていた地元マッチが、友の協力で実現へ動き出した。
  大谷さんは19歳で新日本プロレスからデビュー。伝統の攻撃的なストロングスタイルでジュニアヘビー級7冠に輝いた。その後、故・橋本真也さんと新団体の「ZERO―ONE」を旗揚げし、2008年からは後継団体「ZERO1(ワン)」運営会社長になった。
  本業のほか「いじめ撲滅」を掲げ、各地の学校で技を実演するなど、社会活動にも取り組む。多忙でなかなか地元に帰れなかったが、11日に山口市であった講演会に招かれ帰郷した。
  山口にいた間、大谷さんは、湯田温泉にある鉄板焼き店「壱○弐(いちまるに)」に通った。山口県鴻城高校の同級生、本広哲さん(39)が開いた店だ。山口入りの前日、本広さんから電話で20周年公演の話を持ちかけられた。  「やりたいんだけど、難しいんだ」。プロレス人気は隆盛期に比べて落ち、経営は厳しい。地元では、ほとんど試合をやったことがない。お客さんが集まるのか。社長としての立場が頭をよぎり、大谷さんは即答できなかった。
  「晋二郎には助けられたから」。本広さんは、持ちかけた理由をそう説明する。食品会社の営業マン時代、店を持つ夢を捨てきれずに脱サラ。広島で3年間修業し、独立した。リングで猛者に立ち向かう大谷さんの姿が励みだった。「体が弱かったのに、プロレスラーを目指して高校でもレスリングに打ち込んでいた。ゼニカネじゃなく、夢を持って努力してきた姿を山口の人に見てほしかった」
  社員を養う同じ立場。大谷さんの悩みもわかる。「できることはサポートしたい」と、母校を会場として使えないか、恩師の古谷方正(のりまさ)教頭(52)に相談している。
  背中を押され、大谷さんも可能性を探り始めた。「強さだけを追求していた僕が、20年経って『プロレスは人に元気を与えられるもの』と考えるようになった。記念公演ができたら、山口の人が知っているような選手も連れてきて恩返ししたい」
(箕田拓太)
posted by まぁしい at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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